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      <title>Let&apos;s一軒屋ライフ</title>
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      <description>やっぱり一戸建てに住みたい。</description>
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      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>機械だって大事</title>
         <description>必ずしもこんな破目にならなくても済む力法もある。

よい家を作るという仕事は、部屋を部屋として、機械類は機械類として扱えぽ、はるかにわかりやすくなる。

こうした区別をするには、&quot;部屋&quot;とか機械という言葉を普通とはやや異なった特殊な意味で使う必要がある。

機械とは、ある特定の仕事をする場合、私たちに手を貸してくれる家庭の設備の一部のことである。

この中に冷蔵庫、皿洗機、流し台、ストーブ、洗面台、浴槽、シャワー、化粧台、炉、その他が含まれるのは言うまでもない。

つぎに、それほどはっきりしてはいないが、私たちの機械類という特殊な呼び方に含まれるものに、便所、階段、造り付けのベンチ、ベッド、棚など、何か特定の行為をしようとするときに私たちが助けを求めていく固定したものが含まれるかもしれない。

以上で、注文住宅や家づくりの話は終わりにしようと思います。

ちょっと途中難しいこともありましたが、それでも何だか勉強になったような気がします。
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         <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 19:34:51 +0900</pubDate>
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         <title>機械と部屋</title>
         <description>20世紀に入ってからも、ほとんどの住宅はいまだに部屋を組立てるだけの古いやり方でつくられ、そこに機械類が押し込まれるというだけのものにすぎない。

その結果、いったんは注意ぶかく作られた品位ある生活のための空間も、機械によって台無しにされてしまう。

機械を収容するために、祖先の建てた家のもつ明快で美しく釣合いのとれた部屋を(寒々とした廊下や便器だけならまだしも)私たちは捨ててしまった。

人間の生活に対するよりも、機械に対して気を配るようになったため、住宅は住むための場ではなく、設備を置くためのものになった。

その結果たるや、注文住宅は、部屋と部屋もどきのものと部屋とはいえないものが支障なく無秩序に混ぜ合わされたものになったので、不動産広告で持主の言うことといえば、浴室と厨房器具の数、暖房システムの熱源のことだけである。</description>
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         <pubDate>Mon, 12 Sep 2011 19:34:04 +0900</pubDate>
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         <title>部屋への愛着</title>
         <description>伝統的な、分離しかつ明快な部屋という観念はまだまだ人に訴えるものをもっているのである。

以前には、大部分の機械は、たとえあったとしても持ち運びできるものであるか、あるいは調理用機械類のように、離れ家に遠ざけられていた。

したがって、私たちが昔からの建物に愛着を感じる場合でも、私たちはたいていいつも部屋に愛着を感じているのである。

そういったところが家づくりには大きな影響を与えていると思う。

部屋を並べて家をつくり、そうした家のもつ明快さに私たちは変らない愛着をもつのである。

ガンストン・ホールのようなジョージ王朝風の住宅のもつ優雅さを強調しているのは、美しい釣合いをもった4つの部屋が1階に配置され、その中央を通り抜けるホールがあるといった形式上の単純さにある。

この家はまったく部屋が配列されているだけで、厨房も浴室も便所さえもここには置かれず、空問の純粋性が汚されることはない。</description>
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         <pubDate>Thu, 25 Aug 2011 19:32:17 +0900</pubDate>
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         <title>ほとんどが旧式のまま</title>
         <description>今日では、どこの郊外にも町にも、少くとも&quot;モダン&quot;な住宅は1つや2つはあるけれども、それが支配的とはいえず、むしろ例外にすぎない。

新築の住宅はほとんど&quot;旧式&quot;であって、漠然と&quot;ウィリアムスバーグ風&quot;か&quot;フランスの田舎家風&quot;に見えるし、そうでなければ、&quot;ランチ・スタイル&quot;であって、そこはかとなくライトの作風をさえ感じさせる。

実際多くの注文住宅はこれらすべてを一度に組合わせた奇妙なものである。

恐らくこうなった理由は、大部分の家族が、自分たちの家のイメージに、過去にあった実物、もしくは心に思い浮べた過去のものとのつながりを熱心に求めたせいであって、根なし草のような未来のヴィジョソに顔を向けなかったからである。

あるいはまた、近代建築運動が提起したような新しい住宅の建て方が、住宅の中のある部分はしぽしぼ分離されているべきであるとか、ある部分は個人専用でなけれぽならないといった事実を、時として無視しているためかもしれない。</description>
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         <pubDate>Sat, 13 Aug 2011 19:31:23 +0900</pubDate>
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         <title>モダンではない？</title>
         <description>室内の空気を調整し循環させ、光をつくり、食物を調理・保存し、廃棄物を運び去り、別の機械で温めた湯で体を洗うわけだが、それで予算のかなりの額を使ってしまう。

20世紀に入ってから発達したオープン・プランの発展が示すものは、斬新な部屋の構成ではなくて、機械類をどのように収容するかという関心である。

ル・コルビュジエは、あの有名な「住宅は住むための機械である」という宣言によって、機械に没頭した同世代の立場を表現した。

近代建築運動のこうした立易に俗世間が反擁したのは不幸なことだった。

私たちが田舎や郊外をドライブしてみると、新築の注文住宅がすべて&quot;モダン&quot;なわけではないこと気づく。

これは不思議なことだが、その訳は建築史上、ジョージ王朝様式やフェデラル・スタイルの時代、あるいはグリーク・リバイバルの時代には、大小を問わずほとんどの住宅がジョージ王朝様式、フェデラル・スタイル、グリーク・リバイバルの観を呈したのだから。</description>
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         <pubDate>Sat, 23 Jul 2011 19:30:26 +0900</pubDate>
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         <title>家族のあり方によって</title>
         <description>注文住宅は数匿代にわたって住むところではなく、ある家族が一生のうちの一時期を過し、また移ってゆくというものになってきた。

また、たとえば日々の食事といったある機能のために特別な部屋を1室設ける必要があるかどうかということさえ疑問に思われてきた。

家族が必要とし、経済的にも持ちうる部屋数は少くなり、種々の違った活動に使われねぽならなくなったので、各室の形と他の部屋とのかかわり方が新たに重要な問題になってきた。

部屋を分離することが、さほど重要ではなくなってきた理由は、もう1つセントラル・ヒーティングが暖房を容易にしたこともある。

19世紀の中頃以来、あらゆる種類の機械がつぎつぎと住宅の中に入って来て、今では、どんな住宅でも基本的な要素と見なされるに至っている。</description>
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         <pubDate>Mon, 11 Jul 2011 19:29:29 +0900</pubDate>
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         <title>生活の変化</title>
         <description>壁が外部へ延長され、家の中を通り抜けて外に出ることさえできる単一の空間があるだけだ。

全体のデザインは抽蒙的で、純粋にグラフィック的である。

それでも、この構成は私たちの示した初期アメリカの住宅の5つの例と全くかけはなれているわけではない。

しかも、ここには近代建築理論を支配した設計方法が示されている。

では、何が家の並べ方に、このようなドラマティックな方法をもたらしたのだろう。

1つには、岐阜　注文住宅などの工業生産された小綺麗な素材によって、ものの見方が新しくなったということも、答えにはなる。

今世紀の初めの数十年間に、人々の家の中での生活が新しくなったということも理由の1つになる。

広大な邸毛を建てられる人はだんだんと少くなって来たし、使用人を使ってそんな家を維持することなど、ますます困難になり、ほとんど不可能になったといっていい。</description>
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         <pubDate>Thu, 23 Jun 2011 19:28:13 +0900</pubDate>
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         <title>住宅建築の革命</title>
         <description>近代建築運動といわれるものは、ライトが刊行した著ス・ファン・デル・ローエ、シャルル・エドゥアール・ジャンヌレーグリ(自ら、ル・コルビュジエと称した)らの人々によって1910年からの10年間に開始されたのである。

これらの先駆者たちは、住宅建築の方向を変えようという歴史上もっとも自覚的な革命運動とも言うべきものを指導した。

彼らは、過去の伝統ではなく、現在とさらに未来のイメージと手を結んだ。

そうする際に、彼らは部屋に関してライトが下した新たな定義をさらに1歩前進させた。

住宅のためのミース・ファソ・デル・ローエのプロジェクトは彼らの努力の極端な結論を示している。

この注文住宅はついに建たなかったが、こちらでは独立した壁によって、あちらは隣り合った壁によっていくつかのゾーンに分けられる。

ここには分離した部屋というものはない。</description>
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         <pubDate>Sun, 12 Jun 2011 19:26:50 +0900</pubDate>
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         <title>有機的建築</title>
         <description>部屋の形は次第に不規則になり、大きなアーチや引き戸によって互いにつなげられることが多くなった。

それまでのどの建築家よりも、部屋というものの定義のし直しに力を尽したのはフランク・ロイド・ライトであった。

彼の言う有機的建築を、追求したすえに、20世紀はじめに、彼は部屋と部屋の間の堅固な障壁を取り払うことになってしまった。

その結果できた注文住宅は、基本的ユニットは依然として部屋ではあるが、少くとも共用の部分では、部屋は互いに微妙かつエレガントに溶け合い、いわゆる&quot;オープン&quot;プランとなった。

内部に対して、彼が部屋と部屋の閻の壁をとり除いたと同じく、外部に対しても、彼の言葉を使えば、かつての住宅がつねにそうであったような旧式のボックスをライトは「ぶちこわし」、部屋を左右に延長して、家全体の形がもはや閉鎖的でもコソパクトでもなく、大地に流れ出し、大地と切れて建っているのではなく、大地と渾然一体になるようにしたのである。
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         <pubDate>Tue, 24 May 2011 19:25:47 +0900</pubDate>
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         <title>バランスが大事</title>
         <description>全部が全部、この方式に従ったわけではないにせよ、多くの人がそれに従ったのは、大部分の人が必要としたものと、立地上の条件との間の適度なバランスをとることができたからである。

堅固なセンター、あるいは開放的なセソターを部屋で包み込むという単純な方法(例えぽケイプン邸や南西部の住宅)、廊下の両側に部屋を並べる方法(例えば、ガンストン・ホール)、1列に部屋を並べる方法(例えば、プリソグル邸)、あるいはヴェランダで部屋を囲む方法(例えば、ホームプレース・プランテーション)はすべて驚くほどの持続性を示している。

名古屋　注文住宅の部屋を組立てる6つの方法のうち4つまでが、以上の各地の例に見られる。

部屋は必ず分離し独立していなくてはならないという伝統も、各地とはいえぬまでも、ほとんど同じように続いている。

19世紀後半ころには、建築家の建てた住宅では、部屋を分離するという伝統からはなれて来るようになった。</description>
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         <pubDate>Fri, 13 May 2011 19:24:30 +0900</pubDate>
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         <title>必要があるので</title>
         <description>熱く埃っぽい風の吹く南西部でセよ、これと正反対であった。

ここでは、パティオの湖りに部屋を配し、乾いた風を締め出すことによって辛じて快適さを保った。

パティオには緑の草木やしたたる泉が見た目にも実際にも涼しさを呼んだ。

砂漠の建物は、風を締出し、夜間の涼気を保つために重い材質が必要だった。

日干れんがは安価で耐久性があり、手に入れやすいというわけで、選ばれたのは自然の成りゆきだった。

こういったニューイングランド、ヴァージニア、サウスカロライナ、ルイジアナ、南西部の初期の住宅を見てみると、各地方ごとに、部屋を組立てて注文住宅をつくるための特に好まれた流儀があって、こうした流儀によって、めいめいの選択のおおまかな枠組ができ上った。</description>
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         <pubDate>Mon, 25 Apr 2011 14:11:41 +0900</pubDate>
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         <title>南の方では</title>
         <description>もっと南に下って、チャールストソ辺りになると、町幽が小さな半島に密度高くつくられ、空気はとびきりの潮風だが、18世紀にあってさえも、土地はかなり不足していた。

その結果、チャールストソの代表的な注文住宅は、細長い敷地に、細長く、道路に面する側を狭くして建てられた。

そこでは、部屋は1列に並び、屋根つきのポーチの方を向き、そのポーチは家の全長に相当し、多くは階段に及び、風をとり込み、日蔭を作っていた。

深南部では、土地は平坦で湿気が強く、時には洪水も発生したほどだったから、主な部屋はイタリアの宮殿の手法をカントリー・スタイルに焼き直して、地面よりも持ち上げてつくられた。

そもそもイタリアの建築家たちは、主だった部屋を1階持上げてピアノ・ノビレにし、快適さがあまり問題にならないと思われる部屋を建物の周囲をめぐるポーチを組み込み、暑い時期には、ここが主な生活の場となった。</description>
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         <pubDate>Fri, 22 Apr 2011 14:10:33 +0900</pubDate>
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         <title>気候によって</title>
         <description>部屋を組立てるこれらのパターンは、その地方特有の資材、気蒙、地勢に応じて変ってくるが、後には他所に移って、ほとんど何処にも見られるようになった。

例}ば、ニューイングランドのごく初期の注文住宅では、鉛枠の小さな窓が使われたものだが、これは様式といったものではなく(イソグラソドの別荘がモデルになったことは確かであるが)、ガラスは高価であった上に、冬の冷たい風を考えて小さくしたのであった。

一映の煙突を部屋が囲むのは、厳しい冬に暖かさを保つためであった。

南に下ってヴァージニアでは、初期の移住民にとって、冬はそれほどではなかったが、夏はびっくりするほど暑かった。

暖房は部屋の中央におくよりも、家の外壁のすぐ内側におく方が多かったが、それは、家の真中をとおって両端に戸外に通ずる扉のある中央廊下の両側に部屋を並べ、どこから吹上げてくる風をもとり入れやすくするためであった。</description>
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         <pubDate>Sun, 17 Apr 2011 14:10:04 +0900</pubDate>
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         <title>目的に応じて</title>
         <description>いずこの土地でも、そしていつの時代でも、住宅はその目的に応じた大きさの部屋からつくられ、経済的資源と架構技術の範囲内でつくられて来た。

さまざまな活動が部捲には割当てられ、その空間はリビソグルーム、パーラー、食堂、寝室等々と名づけられた。

部屋は大抵分離され、プライバシーを守り、冬には暖かさを保つために、互いにドアによって閉じることができる。

初期のアメリカの住宅では、部屋をまとめて家をつくるには、伝統的に二、三の方法しかなかったし、その方法はほとんどの場合ボックスをつくることになってしまった。

当時、愛知　注文住宅で家を建てた人たちは、必要な部屋数と、経済的につくれる部屋数を決めると、つぎの仕事は部屋相互にどのような関係を設定するかを選ぶことであった。

こうしたやり方は、単純だが明快なお手本だった。
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         <pubDate>Tue, 12 Apr 2011 14:09:20 +0900</pubDate>
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         <title>何を望むか</title>
         <description>あなたは、建築家や装飾家には脅かされ、注文住宅の建築業者には煙に巻かれ、ディベロッパーには選んだものを拒否され、関わり合ったすべての人々によって混乱に陥れられるかもしれない。

けれども、自分が何を望んでいるかを真に理解していれば、あなたの仕事は単純化され、順序立った一連の選択になるだろう。

まず、3つの明白な領域を考えなけれぽならない。

いにしえの先人に敬意表して、私たちはそれを3つのオ一ダーと呼ぽう。

3つのオーダーとは、部屋のオーダー、機械のオーダー、夢のオーダーある。

部屋は住宅の根本で、人間の演技する空っぽの舞台である。

家の中の機械類は部屋と違って、限定された目的をもっている。

そのどちらとも異なるのが、夢であって、それこそが家を他にはない、独自の場に仕立ててくれるのである。</description>
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         <pubDate>Tue, 05 Apr 2011 14:08:46 +0900</pubDate>
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